京都・伏見稲荷大社の「しるしの杉」とは?
「しるしの杉」とは、例年、二月・初午の日にのみ授与される、稲荷大社の御神木である杉の枝のこと。
しるしの杉に用いられる杉は、伏見稲荷大社本殿後方、千本鳥居が縦列する稲荷山に生える。
一年を通してたった一回しか入手できない伏見稲荷大社のレアなお守りでもある。
⬆️『しるしの杉を授かると家が栄えるといわれております』と書かれた文言が案内紙が見える。
⬆️歯茎に長っ、…(息止)‥げぇ間、しぶとく引っかかっとったスルメorラム肉のヘタが取れた瞬間の喜び全開&開放感ほど噂の‥‥‥「しるしの杉」
杉の枝を製頒する理由(由来)
どうやら平安貴族はじめ、平安時代の人々は稲荷大社で授かった杉葉を持ち帰り、それを菖蒲(しょうぶ)の代用として葺くことで邪気祓いや、火難除けを祈念しながら、家の屋根に葺きあてていた模様💘
だけれども、当初から杉葉が験として授与されていたわけではなく、どうやら当初は稲の葉(刈り取られる前に田に生育している稲)が授与されていたらしい。
稲の葉から杉の葉へとシフトした理由
稲荷信仰の拡大と共に稲葉を所望するコノヤロー共が増加すると、稲葉が涸渇しはじめ、手にすることができない人々が出始めた。
そこでやむを得ず、杉葉が代用されはじめた‥‥という説があるが、あくまでも俗説の域をでない。
ただ一つ言えるのは、杉葉が験(しるし)として授与されている現状を以ってして、おそらくはそれほど時経ずに杉樹が稲荷社の神木と化し、杉葉を験として授与する風儀が定着化したとみる。
熊野詣の護符が起源とも
かつて熊野大社への行き帰りには当社(稲荷大社)へ詣て道中の安全を祈念し、稲荷山の杉を手折って護符とする風習があったらしく、同様の発想で熊野大社でも帰りの道中安全の護符として御神木の梛(なぎ)の葉を懐中へ納める風習があった。
ただ、熊野の梛の葉は古くから諸災除けの護符として鎧の裏や守り袋に収めて持ち歩いたらしく、つまり、当社の”しるしの杉”とは、熊野大社の梛の葉の代わりとして授与されはじめた‥という見方もある。
稲荷の”しるしの杉”に関して歌詠された和歌一覧
新撰六帖 藤原光俊
きさらぎやけふ初午のしるしとて 稲荷の杉はもとつ枝もなし
この和歌は初午に授与される”しるしの杉”の霊威や稲荷信仰の遍満さをよく表した歌として知られる。
この歌の意味としては、初午に参詣した人々が一様に杉の小枝を折り取ってしまうので、稲荷山の杉は皆々、葉っぱが無くなってしまった‥‥のような意味合いにな〜る。
つまり、平安時代から現代に到るまで杉の木の枝を折る行為が繰り返し横行していたことを意味するも、同時に初午の日の神事(初午大祭)も、平安期より脈々と踏襲される厳然さがよく伝わる。
源順集(源順集/みなもと の したごう しゅう)
稲荷山尾上にたてるすぎすぎに ゆきかふ人のたえぬけふかな
新撰六帖 藤原知家
いなり山杉の青葉をかざしつゝ 帰るはしるき今日のもろ人
新撰六帖 藤原仲実
いなり山しるしの杉を春がすみ たなびきつるゝけふにもあるかな
新撰六帖 藤原俊頼
いなりにも思ふ心のかなはずは しるしの杉のをられましやは
新撰六帖 藤原忠房
稲荷坂さかしくとまる心かな みな杉のはをふけるいほりに
散木葉歌集 源俊頼
人しれずいなりの神にいのるらむ しるしのすぎとおもふばかりぞ
君をとはいなりの神にいのらねば しるしの杉のうれしげもなし
蜻蛉日記 藤原道綱母
いちじるき山ぐちならばこゝながら 神のけしきを見せよとぞおもふ
いなりやまおほくのとしを越えにけり いのるしるしの杉をたのみて
永久四年百首 源顕仲
いなり山しるしの杉を尋ねきて あまねく人のかざすけふかな
更級日記 菅原孝標女(すがわらの たかすえの むすめ)
すは稲荷より賜はるしるしの杉よ
時代が下ると”しるしの杉”のご利益や風儀が変わった?
杉葉が験として授与されるようになってからは、稲荷山山中の「傘杉大明神」や「一本杉大明」周辺に生えるご神木の杉を手折って持ち帰り、自宅の鉢などで移植する者も出始めた。
もし、杉が根付けば願い事が叶って運気も上がるらしいが、逆に杉が根付かなければ、凶相・凶年とされ、”凶(きょう)”だけに恟恟(”きょう”きょう”)として過ごしたそうな。
杉は富の木?
杉樹は枝葉が昌(さかん)に生い茂ることから、その生態を表象して漢字で「椙(すぎ)」とも書かれるようになり、やがて「富の木」として尊ばれるよぅにもなった。
実際に現今の”しるしの杉”も富饒(ふにょう/富んで豊かな様)ならびに殷盛(いんせい/大いに盛んな様子)の現世利益があるとして製頒されてい‥‥申す。きょ
しるしの杉のご利益
- 商売繁盛
- 家内安全
- 諸災消除
- 厄除
しるしの杉の初穂料(値段)
- 1,000円
- サイズ:縦(高さ)約45㎝
ところで‥‥現代でも杉の木の枝を折って持って帰るの??
平安期の和歌にも詠まれたように数多の参拝客が杉枝を手折って持ち帰ると、杉樹に葉が一枚も残らなくなった。
そこで伏見稲荷大社では、杉樹の枝を手折る行為を防止する目的や、杉育成の財源確保などの観点から、あらかじめ神社側で取り決めたルールに則り、「しるしの杉」なる授与物を奉製し、初午の日にのみ頒布しはじめた。
これが今日の「しるしの杉」の起源と云われる。
初午大祭限定の授与品には「達成のかぎ」と「福かさね」もある!
稲荷大社の初午大祭では「しるしの杉」の他にも「達成のかぎ」や「福かさね」と称する二種類の特別なお守りも頒布される。
達成のかぎ
「達成のかぎ」は、稲荷大社にて通常頒布される人気のお守りの一つでありつつも、初牛の日に頒布される達成のかぎは、ひときわ大きく、はたまた、縁起飾りが附属されるなど豪華。
- ご利益:所願成就
- 初穂料(値段):2,000円
福かさね
「福かさね」とは、しるしの杉をベースとし、絵馬や稲穂を飾り付けた荘厳さを醸したお守りとなる。
「福をかさね」の名前の由来
「福をかさね」の名前の由来は「福をかさねる」ことで以下のような利益があるとされたがため。
- ご利益:開運招福
- 初穂料(値段):2,500円
- サイズ:縦(高さ)約60㎝
福かさねのご利益
- 生業繁栄
- 開運招福
福かさねには、しるしの杉のほか、守矢、絵馬、稲穂などを附属。
しるしの杉の飾り方
しるしの杉を玄関や床の間に飾ることで家運が隆昌すると云われる。
もしくは十日戎の福笹と同様、神棚や天井に近い場所(欄間や長押の上など)に飾る。
柱や壁にお飾りするのであれば、「福笹or熊手ホルダー」なる器具が便利❤️
この器具を用いると落下の心配を気にせずに容易くお飾りできる。
福笹or熊手ホルダー
他にも、マグネット式のポールホルダーやフックなどもある。
壁掛け用のしるしの杉もある
あらかじめ壁掛けができるように器材がセットになったもの。
たとえば賃貸住まいのコノヤロー共は、壁穴が目立たない押しピンなどを併用するのも良い。
- 初穂料(値段):3000円
- サイズ:縦(高さ)51㎝、横(幅)8㎝
織豊時代は伏見人形も授与された
1582年(天正十年)の二月初午の日(2月5日)のこと、稲荷大社へ社参した山科言継(やましな ときつぐ)は自身の日記・「言継卿記」に稲荷社の初午の様子を次のように記す。
稲荷社へ、初午之間参詣了、路次ニツホツホ、土器 スリコハチ(擂鉢/擂り鉢)、等携了、次ニ東福寺、三十三間堂見物了、阿茶丸ニミヤケニ、ツホツホ己下遣了
七宮御方ヘ、ツホツホ後五、土器十進了
どうやら言継は、殷賑を極めた初午の日、押し合い・揉み合ってよぅやく土産物が買えた様子を自身の日記に綴った模様💘
なお、文中に記される「阿茶丸」とは言継の子。「七宮御方」とは、後陽成帝(ごようぜい)の父帝「誠仁親王(のぶひと しんのう)」の第七皇子を指す。
ツホツホとは「ツボツボ(壺壺)」!
ツボツボとは本来、稲荷大社にて神饌を供進する際に用いた小型土器の窪坏(くぼつき/お碗)を云ぅ。
窪坏は窪手(くぼて)とも言い、底が平たく中程は膨れて湾曲し、口(縁)が狭く、”ドキ”っ❤️‥‥と、するほどの”土器”とな〜る。
ダクぁ!
この稀有な形状が子どもたちの興味を集め、やがて玩具として子らが遊びはじめて人気を博すと、形やデザインにアレンジが加えられ、より玩具らしくなった。
なお、”ツボツボ”と呼ばれる所以は、両手で回すと”つぼつぼ”と音が鳴ったことに由来するらしい。
このツボツボは、主に路次(ろじ/道端)にて開かれた、露店などで土産物として売りに出されていた模様💕
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