京都・伏見「ぬりこべ地蔵尊」
伏見稲荷大社の周辺の住宅街には少し特殊な由来を持った地蔵尊があります。
右手に錫杖(しゃくじょう)を持って、左手には宝珠を持っています。
頭には高僧(僧侶)が身にまとうの小奇麗な袈裟(けさ)の素材のバンダナを巻いており、バンダナと同じ素材の布を上半身を覆い隠すようにまとっています。
この地蔵尊を「ぬりこべ地蔵尊」通称「ぬりこべ地蔵」と呼称します。
- 像高:約1m
- 材質:石製
「ぬりこべ地蔵」の名前の由来と意味
「ぬりこべ」とは、あまり聞きなれない言葉ですが、日々悩んでいることや、様々な身体の痛みを人体に「封じ込める」と言う意味合いがあります。
「封じ込める」とは、昔は「ぬり込める」とも呼称されたようで、つまりは「ぬりこべ」の名前の由来はここから来ています。
このぬりこべ地蔵は、土壁で造られた覆屋に祀られていることから、一説ではこの土壁から由来が来ているとも云われております。
つまり「土で塗りこまれた壁」と言う意味です。
百姓に因んだ名前で呼ばれていた時期もある
このお地蔵さんは「百姓太郎兵衛」や「百姓孫作」などと呼ばれ、百姓や田畑の守本尊として奉祀されていた時期もあり、まさに当地周辺がその昔、田園地帯が広がり、大勢の百姓たちが暮らしていた様子を表す。
生まれから聞いたことがない!「ぬりこべ地蔵の驚くべきご利益」
実はこのご利益とは、ぬりこべ地蔵に祈願することで・・なんとぉぅ!歯の痛みを封じ込めることができると云われております。
歯のご利益を持つ仏像や神様すらあまり聞かないことですが、歯に関してのご利益があるお地蔵さんにと言うのも非常に稀有な事であり珍事とも言えます。
ところで・・ぬりこべ地蔵は何故、歯痛にご利益があるの?理由とは?
ぬりこべ地蔵が歯痛に効果がある言うのは、ぬりこべ地蔵の持つ「痛みを封じ込める」に起因しています。
歯の痛みは耐え難いものがあり、ぬりこべ地蔵が「痛みを封じ込める」と言うご利益を持つことから、時代を経る中で歯の痛みの平癒を願った人が出没したと思われます。
その後、この歯の平癒を願った人は見事に歯の痛みがなくなって平癒に至ったことから、いつにしか「歯痛封じ」のご利益が広まったと考えられます。
昔は現代のように歯を容易く治療できる歯医者がなかったことから、歯に関してのご利益があると聞くとたちまちの内に噂が広まったと推測されます。
ぬりこべ地蔵の歴史
当初の祭祀の場所は不明とされておりますが、稲荷山の奥にかつて存在した浄土宗の寺院だったと伝わる。
1868年(慶応四年)に、明治政府により発令された神仏分離令による廃仏毀釈の動乱から守るために、稲荷山からさらに西の方角に位置する現在の京都府警察学校の敷地内に遷されています。
現在の砂川小学校と警察学校の間道はこの界隈でも広い道路ではあるが、当時は田地が広がり、畦道(あぜみち)同然の道だったと伝わる。
ぬりこべ厨子
現在のつまり、現在の深草駅(京阪)を出た先にある伏見街道の十字路は直違橋十丁目、十字路の北東角に整骨院が建つ前(2014年以前)は「是より三丁 ぬりこべ地蔵尊」と陰刻された道標が建っていたが、それより以前は「百丈山 石峰禅寺 若冲巧妙石像 五百らかん」と陰刻された道標もあったらしい。
古くを知る地元住民の中には現在でもこの交差点を「ぬりこべ厨子(ずし)」と呼び、かつて街道を道ゆく人々がこの十字路を曲がって、ぬりこべ地蔵へ向かった様子が想像にでき〜る。
明治維新後に撤去の危機が訪れた
明治時代になると、1907年(明治40年)に撤去の危機が訪れる。
京都府警察本部の場所が戦争のための軍用地(陸軍第十六師団司令部)として軍部の指定を受けたために、一時は撤去と言う話が持ち上がりましたが、地元・伏見の木村藤太郎と言う人物が地蔵を背負い「ワシが預かる」と告げ、その後、近代まで木村氏の自宅にて祭祀されていた模様。
現在、ぬりこべ地蔵が安置されている覆屋(おおいや)は、かつての木村氏の自宅があった場所とされ、現在も木村藤太郎の意志を継いで遺族が「ぬりこべ地蔵」の管理をされています。
ところで・・ぬりこべ地蔵の歯痛封じはいつから始まった??
明治三年(1870年)に描かれた深草村絵図には「ヌリコヘ 墓」と記されるなど、江戸時代より当地蔵の信奉が篤かった様子がうかがえる。
しクぁしながら、「歯痛封じ」の信仰の起源は未詳とされる。
既述のように「百姓太郎兵衛」や「百姓孫作」などと呼ばれていた事実を加味すれば、江戸時代には百姓の守本尊であった様子がうかがえるが、何らかの拍子に歯に関する霊験があって、以来、歯に関する霊験で知られるよぅになったものだと推考される。
ぬりこべ地蔵の参拝の仕方
実はぬりこべ地蔵には特殊な参拝方法が存在し、参拝者はぬりこべ地蔵の手前にある「身代わり石」と呼称される石を撫でて、撫でたその手で治したい部位をサスると寛解(平癒)に到るらしい。
昔は塗り箸を用いた?
往時はもっと特殊な参拝方法であったらしく、なんでも「塗り箸(ぬりばし/漆などで塗られた箸)が「ぬりこべ地蔵」の手前に置いてあり、参拝に訪れたらこの箸を自宅へ持って帰り、その箸でご飯を食べたそうです。
すると摩訶不義ななことに歯痛がやわらいで寛解に到る云われ、無事に歯が治った暁にはその箸を洗って再び「御礼参り」として「ぬりこべ地蔵」に詣で、手前に戻すと言う風習があったそぅな。
詳しくは以下のような参拝方法になります。
- ローソクとお線香を持参した上でローソクと線香に火を灯し、”検討”することなく、”献灯”する。
- ぬりこべ地蔵の前で鐘を鳴らし、お賽銭を入れる。
- お賽銭を入れたのち、手前にある丸石(身代わり石)を撫でる。撫でる時は自分の身体の痛いところをさすってから、寛解(平癒)を願って撫で撫です〜る。
近年ではこの”痛み”を取り去ってくれるご利益にちなんで、虫歯の痛みも取り去ってくれるとのことで虫歯を患った参拝者があとをたたないようとな。
ぬりこべ地蔵で行われる行事(イベント)
歯供養
例年6月4日は「深草稲荷保勝会」が主催する「歯供養」と称する行事が執行され〜る。
この日は「ぬりこべ地蔵」に年内でもっとも多くの参詣者が訪れる日であり、一際、華やいだ賑々しさをみせ〜る。
「6月4日」に行われる理由とは?
6月4日と言えば‥‥「64=虫」。
お分かりのよぅに6月4日は、「64(むし)歯予防の日」と定められています。
ただすぃ!
これは、ぬりこべ地蔵だけに伝承される風儀ではなく、厚生労働省、文部科学省、日本歯科医師会、日本学校歯科医会などが定めた啓発イベントになる。
6月4日になると、訪れた参拝者はまず、ぬりこべ地蔵の手前にある石を撫でながら、歯の予防を祈願す〜る。
そして参拝後は「ぬりこべ地蔵」で供えられていた、数多の歯ブラシの中から一本ずつ、参列した参詣者に漏れなく頒布(配布)され〜る。
なお、この日は虫歯の人だけが参詣して祈願するのではなく、歯が健康な人でも歯の予防を祈念して、ありがたく厳かな気持ちで歯ブラシを授か〜る。
ぬりこべ地蔵に手紙が出せる??
遠方住まいの方の中には、ぬりこべ地蔵の利益にあやかりたぃコノヤロー共もおられることだろぅ。
だけれども遠方だと訪れるタイミングを見図るのも容易ではなぅい!
そこで、保勝会では祈願を書いたハガキ(葉書)を下記、保勝会まで郵送することで「ぬりこべ地蔵」へ供えてくださるとのこと。
現在、身体に痛みのある方で平癒を切望されるコノヤロー共はハガキで祈願されてみてはいかがか。(詳細は保勝会公式サイトを要チェック💘)
ぬりこべ地蔵の拝観時間・拝観料金
- 参拝時間:自由
- 定休日:なし
- 拝観料金:無料
ぬりこべ地蔵に関してのINFO
深草稲荷保勝会
住所:京都府伏見区深草大門町
公式サイト:https://ja.kyoto.travel/area/hoshokai/hoshokai_index_10.html
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