稲荷山には清少納言が苦しさのあまり膝をついた急坂がある❓

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清少納言が著した「枕草子(まくらのそうし)/一五八」によると初午の日に稲荷詣をしたことが記される。

画像引用先:ウィキペディアより

その折、この稲荷山へも登拝し、現在の長者社神蹟(御剱社)の辺りから一ノ峰へ向かう坂道途上で息があがっちまぃ、苦しさのあまり、思わず膝(ひざ)をついたらしい。

その時のことを次のように書き記す。

『坂のなからばかり あゆみしかば 巳(み/へび)の時ばかりになりにけん、やうやう暑くさへなりて、まことにわびしくてなど、かからでよき日もあらんものを なにしに詣でつらんとまで 涙もおちてやすみ困(こぅ)』

彼女はどうやら苦しさのあまり、坂を登りきることを諦めて引き返したらしく、その途上で容姿端麗なピチピチとした齢20歳ほどのジャニ系な若者と出会ったことも記される。

とりわけ当時の稲荷山or稲荷詣は男女の出会いの場でもあったらしい。

稲荷山は標高が低い部類に入る

稲荷山は標高233mの京都東側に連なる東山三十六峰の最南端に位置し、三つの峰(一ノ峰、二ノ峰、三ノ峰)から成る。

たとえば京都一の標高を誇る皆子山(みなごやま/左京区)や、次位の峰床山(みねとこやま/左京区)は標高970米ほどであり、対して稲荷山は二百メートル弱なので、その三分の一にも満たない。

私的に清少納言の有り様を肯定するわけではないが、稲荷山は山の尾根が連なることから絶頂へ到るまでの山道は多岐にわたり、必然的に到達距離も長くなる。このため勾配がそれほど無ぃ坂でも体力面でキツくなってくるのは事実。




長者社から一ノ峰の間には急勾配な坂がある!

実は、長者社から一ノ峰の間には上記、清少納言が枕草子にて吐露した悲痛に相づちを打てるかのような急勾配の石階段が現存する。

この坂の様子は1925年(大正十四年)に吉田広重が描いた「伏見稲荷全境内名所図絵」にも見られるように、実にロ〜ング(訳:長ぃ)な石階段があるのが分かる。

⬆️屋台の唐揚げ串を全て落っことした浴衣ピチ娘💋が、誰も見てないことを確認して再びパクついた事実を秘密にしてやった慈悲深さほど噂の‥‥「吉田広重作・伏見稲荷全境内名所図絵」 フフっ 見てたよ😏

長者社から一ノ峰へ向けて登拝する際は御覚悟めされぃ!

稲荷山を楽に登りたきゃ四ツ辻から右回りが吉!

吉田広重作の絵図に描かれる稲荷山の地形を見ても分かるように、稲荷山は四つ辻から右回りの山道の方が勾配があまり無く、比較的、身体に優しい印象を受ける。

逆にマゾや身体を中山筋肉ぅ〜‥(息止)‥ん、並みに ゼぇハぁ 肉体改造したぃコノヤロー共は四ツ辻から左回りで行け っ‥て、ことぉ〜っ。

‥‥なんかこんなセリフ吐くYoutuberおったな。

はぃ、以上💋

人々が稲荷山へ登拝した理由

稲荷山は稲荷信仰の広まりと共に、貴族たちを中心とした都人の憧れの聖地となり、二月の初午にはこぞって大勢の都人が群集し、「お山詣」と称して、皆々、三つの峰(一ノ峰、二ノ峰、三ノ峰)を目指したと伝わる。

また、「稲荷詣」を口実に恋沙汰を楽しむコノヤロー貴族共も多かったらしい。 なんやそれ

稲荷山の簡単な概要・設備など

🦊標高:約233米

🦊登拝距離:全長約5キロ

🦊移動時間(所要時間):成人男性の足で普通に歩いて約2時間

山内の施設など

🦊諸処にトイレ(男女)あり(それほど数は無いので貯めるのは危険)

🦊諸処に売店(飲み物、食べ物、土産物販売)、茶屋・食堂あり(売店は多い。自販機もあるが〜50円ほど麓より高ぃ)

🦊展望台のような場所あり(望遠鏡は皆無)

🦊湧き水あり(持ち帰り可能。ただし容器は持参)

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